練馬の戦争体験を朗読

昨年8月、私は、
広島の被爆者の綿平さん、
台湾から祖父の体験を語り継ぐ陳さんをお招きしての講座を開催しました。
戦争体験の語り部が減るなか、
戦争を知らない世代が、
若い世代へ、
どう戦争を語り継いでいくか。
練馬区で、戦争体験を語り継いでいきたい
ということを、ここ数年、特に強く願うなかで、
今回の講座では、まず、私の大叔母の戦争体験を朗読しました。
今年、綿平さんが語り部を担われた
練馬区の平和祈念コンサート。
その語り部第一号が、実は私の大叔母、小岩昌子おばさんです。
練馬区の公式HPに公開されている当時の語りから、
一部抜粋して、朗読しました。
*練馬区HP「平和祈念コンサート」
https://www.city.nerima.tokyo.jp/kusei/keihatsu/heiwa/heiwasuishin.html
↓こちらの全文もぜひご覧ください
平成27年度 戦時体験講演の記録(小岩昌子様)
戦争で奪われるもの。自由とは
戦争を語り継ぐのは
二度と戦争を起こさないためですが、
まさに今、戦争の足音が聞こえてくるような
暗い、じわじわじめじめとした嫌な空気が立ち込めているのを感じます。
戦争になると、いろいろなものが奪われる。
そのなかで最初に奪われるのが「自由」ではないか。
それはすでに、奪われ始めているのではないか……。
そう感じるなかで、今年の講座は、
川嶋均先生にお願いしました。
川嶋均先生 講演『生活図画事件』

川嶋先生(東京藝術大学講師)は、
「生活図画事件」を研究されています。
1941年、師範と中学の美術部関係者が、治安維持法のもと、大量検挙された事件。その前から、誰が描いたどんな絵により、どんな理由で捕まえられることになったのか。詳しく解説いただきました。
ごく普通の表現が、検挙にこじつけられる
逮捕の理由とされた絵というのは、たとえば
- 軍事訓練後、軍服に身を包んだ若人が、ポケットの文庫を取り出そうとしている絵
- レコードのコンサート
- 寄宿舎で二人の生徒が、読んでいた本を開いて話し合っている絵(『話し合う人々』)
…と、どこをどう見ても、ごく普通の生活を描いた絵です。
それが、たとえば『話し合う人々』なら、特高警察が、ここで描いた本は「共産主義の本だろ」と取り調べの材料にされました。
入隊してだいぶ経ってから、軍法会議にかけられた美術学生も。
その方は戦後美術教師となり、晩年、「農民や漁師の労働を描いたスケッチも没収された」という悔しい思いを書き残していたそうです。
萎縮していく表現
「自分のことだけ考え、自分だけよければよいという考え方ではだめだよ」
そんな教えから、農村支援でつくられたポスター。
農村の窮状を訴えるもの
「欠食児童に学用品・衣類を送ろう」と呼びかけるもの……
今ならどう見ても素晴らしい考え方、理念をもった絵でも、
「共産主義思想にもとづくプロレタリア教育」
「生活主義教育運動は、マルクス主義教育運動の人民戦線的形態」
とみなされ、無理やりこじつけられ、検挙の理由とされました。
師範学校美術部の教諭が検挙され、旭川中学校は美術部への弾圧を恐れ、表紙画の掲載を取りやめに。自ら表現の自由をあきらめていく、萎縮していく治安維持法の”効果”がわかりますね。
「ひたすら絵を描き続けることがお国につくす唯一の道です」
と答えて教官に殴られたり、
過酷な獄中生活のために病死した方も。
治安維持法と似た、今の時代
当時は「思想係検事」という、思想を取り締まる検事が実在。
一般市民は関係がなかったはずの法律で、次々と取り締まられていく。
(これも、今の国政の行方を見ると、「思想」が取り締まられる日も近いかもしれない…と、想像してしまいます)
治安維持法と、現在の状況を重ねあわせると、ゾッと背筋が凍ります。
もともと、1932-33年、小林多喜二が特高の拷問で虐殺された頃をピークに、
1940年代には検挙数は激減していました。
本来法律が想定していた者たちはすでに逮捕したからです。
そこで、様々な理由をこじつけて、逮捕していった。
「生活綴方事件」に続く「生活図画事件」も、その一連の流れで起こされました。
生活の表現を大切にした先に…
戦争に突き進み、
自分の心にまっすぐでいられない、
息苦しく、自由な表現のできない時代。
生活図画事件で逮捕された熊田先生は、
「図画の時間だけは生徒を本心に立ち返らせたい」
という理念をもった、とても素敵な先生。
ありのままの生活を写し取るだけでなく、
「かくあるべき生活までを見据えて人々に示す」
ことを大切にしていました。
証拠は捏造、でっちあげ
逮捕されると、待っていたのは特高からの厳しい取り調べと、でっちあげ。
特高から殴られ、
「『資本論』には何が書いてあるか」
「唯物論とは何か」
と聞かれた挙句、
「知らないことは本を見て書き写してもよろしい」と特高。
そう言われて書き写したことが、証拠とされます。
まさに、でっちあげ。捏造。
熊田先生を慕っていた生徒たちも捕まり、
逮捕されたせいなのに、欠席が多いからと師範学校を退学になった学生もいました。
100歳を超えた生存者の語り
事件関係者で、唯一ご存命の、菱谷良一さん(104歳)。
映像を通してのご本人の言葉、そして涙する姿は、真に迫るものがあります。
様々な調査をし、関係者のその後を探し当てていく、川嶋さんの執念、信念にも、脱帽でした。

二度と戦争を起こさせないために。知り、語り継ぎ、行動する
今回のお話で、戦争が、治安維持法につながるものが、どのような結果を生むのか。
誰を弾圧し、壊していくのか。
その一端を聞かせていただきました。
戦争を知り、語り継ぎ、小さくても一つひとつ、アクションを起こしていくことが本当に大切だと、改めて強く感じました。
川嶋均先生、参加された皆様、ありがとうございました。
当日来られなかったけれど、講座の録画をご覧になりたい方は、お問い合わせページからご連絡ください。多くの方に知っていただけたらと思っています。








